大判例

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名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)1108号 判決 1998年9月22日

呼称

控訴人

氏名又は名称

奥村修

住所又は居所

岐阜県岐阜市岩地二丁目一四番五号

呼称

控訴人

氏名又は名称

株式会社奥村

住所又は居所

岐阜県岐阜市東鶉一丁目一九番地

代理人弁護士

伊神喜弘

呼称

被控訴人

氏名又は名称

住所又は居所

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

指定代理人

池田信彦

指定代理人

安部幾男

指定代理人

村田誠

指定代理人

高見公太郎

指定代理人

酒井孝敏

指定代理人

中本隆文

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人奥村修に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人株式会社奥村に対し、金一五一万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  主文と同旨

2  なお本件につき仮執行の宣言を付することは相当ではないが、仮に仮執行の宣言が付せられる場合には、担保を条件とする仮執行の免脱宣言を求める。

第二  当事者の主張

一  以下に加除、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決七頁五行目「角に複数の穴」とあるを「隅に複数の孔」と、同八頁六行目「穴」とあるを「孔」と、同一〇行目「同日」とあるを「平成七年一二月一八日」と、同九頁一〇行目「同日」とあるを「翌一九日」と、同一〇頁末行「同月二〇日」とあるを「平成七年一二月二〇日」と、同二六頁一〇行目から一一行目にかけて「伺われ」とあるを「窺われ」と各改め、同八頁末行「連絡した」の次に「(甲一の一ないし20)」と、同一〇頁一行目「回答を得た」の次に「(甲一の一、乙一一)」と各付加する。

二  当審における控訴人らの新たな主張とこれに対する被控訴人の反論

税関長は、輸入申告貨物が、実用新案権を侵害すると思料するに際し、あるいはその認定手続において、先使用権の有無について判断できるか。

(控訴人らの主張)

実用新案権を含む特許権等は、権利者が一般第三者に対して発明の独占権を主張できる排他的な権利である。一般第三者がこれを使用するには権利者から専用実施権、通常実施権等の使用権を契約により取得する必要がある。しかるに先使用権は、特許法七九条に定める要件が充足するときに認められるものであり、実際には権利者と先使用者との間で、その存否に関し紛糾することが多い。その判断をするには、時間的制約、証拠の蒐集等司法判断に委ねられなければならず、行政官である税関長がこれを正しく判断することはその能力に限界があって、許されない。したがって本件においてアサヒは先使用権を主張する段階で、予め裁判所においてアサヒの先使用権の存否の確認の判決を得ておくべきである。これができないときは、税関長は、アサヒの先使用権の主張があっても考慮すべきではない。

(被控訴人の主張)

関税定率法は、二一条一項五号で、「・・・実用新案権・・・を侵害する物品は」「輸入してはならない」と規定しており、最終的には輸入の許否の決定をするものであるから、侵害する物品であるどうかは、輸入申告貨物が、実用新案登録請求の技術的範囲に属するか否かを判断するばかりではなく、権利関係(輸入者に通常実施権等があるかどうかまたは輸入者に先使用権があるか等)についても、その確認または判断を要することを当然予定している。先使用権の存否の最終的な判断は、勿論司法手続でなされることであるが、そのことは、税関長が、「侵害のおそれがあると思料する」判断ができるかどうかということとはまったく別問題である。もしそうであるとすれば、技術的範囲に属するかどうかもまた最終的には裁判所の司法判断を待たなければならないことになり、法が、税関長に侵害のおそれがあると思料したときには、認定手続を執らなければならないと規定した趣旨はまったく没却されることになる。さらに一般には先使用権の有無の判断は、技術的範囲の判断よりも容易である。そして平成四年八月一五日付けで、後藤弁護士が、控訴人会社に対して、アサヒが先使用権を有する旨の警告書を発しているにもかかわらず、控訴人らはこれに対して何らの反論をしていないし、控訴人ら提出の情報提供書には権利の内容についての争いについて何らの記載がなかったものである。

第三  争点に対する判断

一  当裁判所も、原審の争点に対する判断は、相当であると思料するから、次に加除訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四〇頁一一行目末尾に「この点控訴人らは、TRIPS協定によれば、その五五条で、物品の開放の停止期間を合理的な期間にとどまるように定め、認定期間を一か月と定めているから、輸入者の不利益はそれほどでもないと主張するが、右主張は到底是認できないところであるが、さらに控訴人らの見解によれば、輸入差止情報提供書の提出があり、技術的範囲に該当する限り、すべて認定手続を執るものとすれば、前述した迅速な通関の処理を目的とする現行法規の動向に反するもので容認できるところではない。」を加える。

2  同四三頁一〇行目末尾に、次のように加える。

「確かに控訴人らが主張するように、法や通達の改正、TRIPS協定の発効により、権利者の権利の行使の保護も手厚くされたが、それは認定手続の段階での認定手続の通知、証拠を提出し、意見を述べる機会が付与されたもので、それ以外は旧来と同様職権による水際取締りであって、輸入差止情報の提供は、認定手続を執るか否かの税関長の職権を促す一つの資料であるにすぎない。そしてその他の控訴人らが縷々する主張は、いずれも「侵害と思料する」までの段階と「侵害と思料した上での認定手続」との段階を混同した見解で、右認定を左右するものではない。」

3  同四六頁八行目「しかしながら、」の次に、「税関長は、輸入差止情報の提供を受けているときには、技術的範囲に該当するか否かを判断し、該当するときは、輸入情報提供書のみによって、認定手続に入らなければならないとする法規は存在しない。そして」を加える。

4  同九行目「用いるについては、何ら規定はなく、」とあるを「用いるについても何ら規定はない。むしろ」と改める。

5  同四七頁五行目「水際取締りは、」の次に「商標権等の場合とは異なり」を加える。

6  同五三頁四行目「被告の」とあるを削除する。

7  同五五頁七行目「違いはないので」の次に「(意匠法二九条参照)」を加える。  8 同五八頁一行目末尾に、次のように加える。

「この点について控訴人らは、先に認定した事実経過をみると(原判示)、税関長は実質的に認定手続をしていると主張するので、これにつき判断すると、証拠(乙一一、証人郷田暘)によれば、前記税関職員は、発見部門の長が、認定手続を執るか否かの前提となる判断をするにあたって、意見を具申するにつき、関係部門の指導を職務とする知的財産調査官から、審査の方法、情報の収集、事案認定の検討等の指導や助言を得、あるいは相談をしたものであって、認定手続を開始したものであるとは認められない。よって右の点の控訴人らの主張は採用しない。」

二  税関長の先使用権の判断の可否

控訴人らは、輸入者に先使用権があるか否かについては、最終的には、裁判所の司法判断に委ねられるべきであるから、税関長は、認定手続において、独自の立場で、これを判断することは許されず、権利者と輸入者の間に争いがあれば、裁判所の判決を待ってこれを認めるべきであり、右裁判所の判決が提出できないときは、権利者の同意を確認できぬ限り、先使用権を認めることは出来ないと主張する。

しかしながら改正定率法二一条一項五号が「特許権、実用新案権・・・・・を侵害する物品」は「輸入してはならない」と規定していることから、侵害する物品であるか否かについての判断は、単に輸入申告貨物が実用新案登録請求の技術的範囲に属するかどうかに限らず、権利関係についても及ぶことを当然の前提としているものといわなければならない。すなわち先使用権の存否は司法判断によるというのは、あくまでも当事者間に紛争が存在する場合に限られるのである。そう解しないと技術的範囲についても、終局的には司法判断の確定を待つことになり、それでは認定手続を知的財産権侵害物品の水際取締りを意図した改正定率法の趣旨を根本的に否定することになる。又先使用権の有無の判断が行政機関である税関長がなし得ない性質のものとも認められないことは、新通達を仔細に検討すれば明らかである。したがって認定手続においてのみならず、その前提としての「侵害と思料する」判断において、税関長が先使用権の有無について判断することに何ら違法はない。

しかも証拠(甲一の1、四、乙三の1、乙五)によれば、そもそも本件では平成四年八月にアサヒが、控訴人会社に対して先使用権がある旨警告しているにも関わらず、控訴人奥村が提出した輸入差止情報提供書には争いがある旨の記載がなく、控訴人側の弁理士である樋口は、事実が証明できれば、先使用権が認められる旨の回答を送ってきているものと認められるので、控訴人らが先使用権の有無を争っていたとは窺われない。

第四  結論

そうすると控訴人らの本件請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民訴法六七条一項、六五条一項、六一条を適用し、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日)平成一〇年七月十四日

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 丹羽日出夫 裁判官 戸田久)

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